理と美の統合

Integration of nature and art.
Odake YoshikiMarch. 2020

人間の知性は2つの側面に支えられていると考えています。ひとつは、世界の法則を理論的に記述・伝達する方法で、これによって人は情報を伝え、りんごが何秒かけて地面に落ちるかを予測します。もうひとつは、複雑系の世界を直感的に把握・表現する方法で、これによって人は抽象を描き、池の絵に感動します。私は前者を理、後者を美と呼ぶことにしました。

生活の中で、理と美は様々な対立に姿を変えて現れます。科学と芸術、記号と表象、機能と意匠、定量と定性、経済と文化、協調と独善、客観と主観、セオリーとポリシー。我々は事あるごとに片方を悪魔、もう片方を英雄として扱ったり、また別のときは善悪を入れ替えてみたりして、理と美を使い分けながら思考していきます。

この2つはすべての人が持ち合わせていますが、比重は人それぞれです。一般的に理偏重の人はビジネス色、美偏重の人は芸術色が強い印象を与えますが、ここで大事なのはどちらにしても最も優秀な部類の人は、その両方に長けているということです。あらゆる優れた判断は、直感によって生まれ、理論によって育てられます。アイデアを論理的に導き出したと説明する人もいますが、すべての場合において、論理はあくまでサポートや事後説明に過ぎません。(ただここで一つ注意しなければならないのは、あくまで両立が必要なのは優秀さという評価軸においてです。優秀とは、売れているアーティストや素晴らしい経営者のことです。仕事や作品の価値自体は徹底的な理や透徹された美によるものであることもあるでしょう。)

デザインという言葉の定義が拡張されていく様を見ながら私が思うのは、皆は理と美を統合したがっているのではないか、ということです。長らく言語化されないまま一部の優秀な人間が兼ね備えていた2つの能力を、集団の中でシナジーさせるための橋渡しとして、デザインという言葉が媒介することを期待されているように見えます。これはデザイナーの仕事が元来、機能と意匠を統合するということに由来するのでしょう。少し荷が重いですが、適正はあるはずです。人類の知の前進に、挑戦しましょう。